ハイチのこと考えて人に優しくキャンペーン(タヒチじゃないよ)
●ハイチに千羽鶴を送るのはさすがに違うだろうという話
差し障りない存在でありたいので、なるべく身の丈を超えた発言はしないようにしてるんだけど、
なんか今日一日頭から離れない。
「痛いニュース(ノ∀`):ハイチ地震被災者に千羽鶴を送ろう!活動がmixiで広がる」
【大勝利】ハイチ地震“千羽鶴”は「迷惑です」現地支援者からの指摘でmixi主催者沈黙★12 - こっちは必死なんだよ(#^ω^)
恥を偲んで書くけれど、僕はこれ読んで違和感を溜め込むまで、
ハイチとタヒチの区別がついてなかった。
こう書いてる今も、ふと隣のインコに目を奪われた隙にどっちかわからなくなるくらいだ。
ハイチは廃地、タヒチは多日地と当て字すると覚えられるようになった。
インコは寝てる。
●想像力の欠如の無限ループ
問題は想像力の欠如にあるんだと思うんだけど、 想像力の欠如を声高に指摘する行為もまた想像力を欠いてると思う。人は見たいことしか見ないし、聞きたいことしか聞かない。
相手への配慮を欠いた正論は人を追い込むくらいの役にしか立たない。
かくいう僕はそもそもハイチのことを考えてすらいない。
●ビールのお釣りを募金箱に入れるのか?募金した余りでビールを買うのか?そういう問題じゃない
じゃあどうすればいいのかとか帰る道すがら考えてたんだけど
思いつくのは当て字とくだらないダジャレばかり。
コンビニに入ってビールを買った。
ふとレジ脇を見るとハイチ地震援助と書かれた募金箱。
お釣りを思わず反射的に流し込んだ。
もちろん、いつもの一言は忘れない。
「レシートいただけますか」
レシートの要不要を判断するのはこの俺だ!
家に帰ってから捨てる!
ここまでの一連の行為はただの出会い頭だ。
●気持ち悪いの我慢して食べてもアフリカの子どもたちには届きません
僕の嫌いな言葉に
ご飯を残そうとした時に言われる
「アフリカでは満足に食事もできない人もいるんだから、残すなんてとんでもない」
ってのがある。
多分、僕が嫌いなんじゃなくて、松本人志が言ってたんじゃないかと思う。
でも、理由はどうあれ
食事を作った人は、やっぱ残されたら気分悪いし、
きれいに食べてくれたら気分いいと思う。
●大事なのはアフリカじゃなくて、食事を作ってくれる人です
世界はタイチと日本しかないわけじゃないし、アフリカなんて想像上の存在かもしれない。
僕にはただ心を痛め、日々の生活を続けることくらいしかできない。
ハヒチで苦しんでる人がいるんだったら、せめて身内にくらい優しくいたいなーと思った。
ハイチには全く何も届かないけど、僕の周りの狭い世界はちょっとはマシになると思う。
ただ、困ったことに僕には優しさと厳しさの区別がイマイチついてないんだ。
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