正しいことを言うことだけが正しいことではない

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そんなたいした話じゃないです。

黄昏 日光・東北編 39「雨が雨粒になる瞬間。」を読んでて、ちょっと見過ごせない部分があった。
平たく言うと、間違ってる部分。

南伸坊って人と、糸井重里って人の会話の中で、

要約すると、
・とある絵描きが、授業で空気抵抗を別にすると万物の落ちる速さは同じだと習った
・その絵描きは、それならば雨粒も人も同じ速さで落ちるのだろうかと考えた
・確かめるために、雨の日にジャンプして落ちながら雨を見つめた
・そうしたら、いつも糸のように感じている雨粒が粒に見えた
というくだりがあった。


さらっと読むと、おお試したんだ、すげーとか思っちゃうけど、そんなわけはない。


空気抵抗を別にした場合、万物が同じ速さで落ちるのは
落下時間が同じ場合、つまり同じ高さから落ちた場合だ。
等速運動ではなく、等加速度運動なので、
落ちている時間が長くなれば長くなるほど落ちる速度は速くなる。


雨粒は空から落ちてきてるので、
ジャンプして落ちてる自分とは落ちてる時間が比じゃないので
同じ速さになることは、ない。
空気抵抗を別にして考えてるので、完全にない。


そのくだりは南伸坊さんの発言だったんだけど、
それに対しての糸井重里さんは


・そもそも雨を線として捉えてるのは錯覚に過ぎない
・絵描きとして雨を線として表現する描き手の都合が許せなかったんじゃないか


みたいな返しをした。


それがいいなーと思った。
たとえば、そこでそれは間違ってますよ!って言っちゃうと、そこで話終わっちゃうもんね。


そんな感じで、正論とか誤りの指摘とかは
相手を黙らせたいときとか追い込みたいときくらいにしか使えないよなーって思った。

正論がそう思われたのはとばっちり。


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